からだの声をききたくて

 
ボールでゆるめる


連載第10回
いつもと少し違う行き当たりばったり企画~
『ゆるんだ めぐった つながった』

 


「からだの声をききたくて」
と題したこの連載。
第1回から第8回まで、たえさんに教わりながら、ひととおり進んできました。
読者さまからいただいた『肩の痛み』に関してのお話がひと段落ついたところで
前回の連載第9回&今回の連載第10回は、
「からだの声をききたくて」というコンセプトはそのままに、少し違う感じでお送りします。
ぜひ前回と合わせて最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
 
前回は、こぐま座くんトミジュンが、ブレスト的にあれやこれやと『からだ』についてのお話しをしていたところでした。
からだの声をきくことはこころの声をきくこと。
こころの声をきくことはからだの声をきくこと。
誰もがひとりひとり『唯一無二』の美しさを持って、この世の中で生きている。
その美しい唯一無二の自分自身を愛すること。
自分自身の真ん中で余分なちからを抜いてすっと立ち、
自分自身の真ん中で無理なくできる『唯一無二』なことを、世の中へ提供していく……
 
こぐま座くんが夜空に戻ってリモートワークするため取材へ出かけることができないということで、この『からだの声をききたくて』の執筆を筆者・トミジュン押し付ける託す……というところまででした。
今回は『アレクサンダーテクニーク』を個人的に習うことにしたトミジュンの体験記としての記事です。
論文や取材ではないので、エビデンスやメソッドの歴史、元ネタや文献などは調べておらず、すべて分母1の体感です。
しかも、いつも何かボディワークを体験する際、
あえて事前に予習をせず、直感で選んだプラクティショナー(アレクサンダーテクニークでは『教師』と呼びます)を訪ねて経験させていただくのが筆者のスタイル。
どういうことを行うのかもあまりわかっていない状況で予約を入れました。
 


 
 
前回、なぜわたしの職歴をお伝えしたかと申しますと……
このアレクサンダーテクニークは、音楽や演劇、ダンスなど、からだで表現をする職業のかたとの相性がとてもよいメソッドなのです。
もちろん、日常生活で料理などの家事を行うときや歩行する際などにも役に立ちます。
おそらくスポーツ選手、絵画を描くひと、文筆業のかたにも役立ちそうです。
わたし自身も過去ミュージシャンとして活動しておりましたし、ミュージシャンの衣装を担当するスタイリストとしても長年お仕事をしておりました。
それらの経験から『やっぱりからだが大切』と実感し、さまざまな、からだとこころに関するメソッドを勉強しておりました。
このアレクサンダーテクニークに関しては、90年代後半から2000年代頃……正直、いつごろか忘れてしまったぐらい昔に、グループワークで体験したことがありました。
(当時は歩いたり座ったりする姿勢を習って、そのままになってしまっていました)
 
アレクサンダーという名前は創始者のかたのお名前です。
100年以上前のオーストラリアのかたで、俳優をなさっていました。
『のどの病気ではないのに、セリフを言うときに声がかすれる』
という悩みを、アレクサンダーさんご自身の研究および実践で克服したことが、このメソッドのはじまりです。
自分のやろうとしていることを自分が邪魔していないか?
呼吸、姿勢、からだとこころ、その全体性……
やりすぎていることや身構えてしまう癖に気づき手放し、
自分自身の真ん中で自分自身を型にはめずに
自由に自分自身のエネルギーを使う。
先日当マガジンの記事でもお伝えしましたゲシュタルトのワークとも共通点が多いですし、東洋の哲学とも相性が良いと感じます。
 
 


 
 
暑い夏の午後、都心某所へアレクサンダーテクニークを習うために、
アレクサンダーテクニーク教師である、石井ゆりこさんのもとにうかがいました。
まったくの初対面です。が、
公式サイトにゲシュタルトのワークで行うようなことが書いてあったことで、お会いする前から勝手に親近感がありました。
 
前回も書きましたが、きっかけはこの『からだの声をききたくて』の連載で、ヨガの先生たえさんから
「ゆるめる~ととのえる~つなげる」
というワークを教えていただき、記事として公開したことです。
あれ? ゆるめる、ととのえる、つなげるって、わたし知っているよな……と考えていく中でアレクサンダーテクニークのことを思い出し、再体験したい、と思うに至ったのでした。
 
わたしにとっての『記憶の中の東京』みたいな、懐かしい感じのする都心の住宅街の長くゆるい勾配の坂をのぼり、ほっとする雰囲気の、はじめましての建物の中にお邪魔し、動きやすい服装(いつもヨガのときに着ている服装を持参しました) に着替えました。
初対面のご挨拶と、簡単な自己紹介、そして
わたしが感じている
「なんだか、更年期に入ってから、『からだ』がつながらなくなってしまった。
首も座ってない感じ、骨盤も脚もぎくしゃく、わからなくなっちゃった
「文章を書くお仕事をしていて、からだが座ってキーボードやマウスをさわるかたちで固まってしまっていてつらい」
「離れて時間がたつ、音楽活動を再開するつもりなので、音楽活動に役立てたい」
そういった現状を少しお話ししたあと、
「では、横になってください」
と指示を受け、アロマテラピーの施術のときに使うようなマッサージベッドの上に横になりました。
後に、これは「テーブルワーク」と呼ばれるワークだと知るのですが、この時点ではそういう基本も知らずに受けてみました。
 
なんだかとっても静かでここちいい。
何を行うのか知らないまま、ベッドのうえで仰向けに寝ました。
お部屋じたい静かで、先生もとても静かな雰囲気で
体重をベッドに預け、ヨガの「シャバーサナ」的な感じで脱力、リラックスするわたし。

*シャバーサナとは、仰向けに寝て脱力するポーズです。動のポーズ(陽)の後に静のポーズ(陰)として行うことが多く、静かに脱力して寝転がりゆるみ、からだの中はエネルギーがめぐり、とても気持ちのよいポーズです。

とても静かに先生がわたしの首の一番上の部分、頭と首がつながる辺りに手を触れました。
わたしのからだが勝手にゆるみます。
でも、不安などはまったくなく
「あ、これ知っている感覚だわ」
と感じ、とても気持ちいいのです。
温泉につかっているような感覚。
おそらく……当たり前ですが、他人のからだではなく、自分自身のからだがゆるんでいく感覚だから「知っている」んです。
文字にすると馬鹿げている表現ですが
自分自身のからだがゆるむ過程だから、体験済み、知っていることなのです。
でも、こんなふうに改めてワークという機会を作って体験しないと
自分自身のからだがどんなふうにゆるむのかを、忘れていたのかも……
先生がからだの状態を確認して、本当に静かなタッチで
肩甲骨と腕を
次に骨盤と脚を
ふわりふわりと動かします。
ヨガを実践されているかた、ぜひ想像してみてください。
動かされるがままに勝手に腕や脚がここちよい方向へ静かに動くシャバーサナを。
そして、ゆるむだけでなく、勝手に自分自身の中のエネルギーがめぐっているのです。
「めぐってる!!」
って、大声で言う感じではなく
「めぐってる~……」
とつぶやく感じ。
シャバーサナとしか表現できない、語彙のないわたしで申し訳ありません。
とても静かで、且つエネルギーがめぐり、ここちよいのです。
そして、先生の在り方が本当に静かでニュートラル、信頼して脱力できてしまうのです。
こういった場で
「治してあげよう」「改善してあげよう」「ここがだめじゃない?」
などの、踏み込むような尖った感覚を、ワークを提供する側、今回であれば教える側が持つと、
ワークを受けている側であるわたしが無意識に拒否してうまくいかないことが多いのですが、
このテーブルワークでは一切そういうことがなく
本当に静かで心地よく、
わたしの状態をみて、否定もせず肯定もせずに静かに確認し話しかけてくれている感じ(実際にはことばでの会話ではなくノンバーバルでタッチでの語り掛け)。
しばらく、わたしの腕や脚が、先生の静かなタッチで静かに動き、わたし自身は脱力し続け
わたしのからだの接続部分を、わたしのからだが思い出したのかも? と感じ始めたころ
「腰を上げてみてください」
「腰を下ろしてください。もっと体重を乗せて下ろしてください」
と指示をうけ、
わたし自身の脱力をいったん止め、自身のちからで、でも本当に軽いちからでふわっと仰向けのまま指示通りに腰を上げ下ろすと……
わたしの骨盤が。
ピラティスでは「ぎゅーっ」とちからを入れて筋肉をかためて頑張ってニュートラルにしているわたしの骨盤が。
ヨガではいくら呼吸を入れても骨盤ニュートラルにできないことが多く迷子になってしまう、わたしの骨盤が。
アレクサンダーテクニークのテーブルワークでは
「ふわあ~」
っとゆるんで、勝手に骨盤ニュートラルになりました。
その間も、とても静かにエネルギーがからだの中をめぐり続けています。
とってもとっても気持ちいいのです(同じことばですが何度も書きます。重複上等。重複せずにはいられない)。
 
わたしのからだ本来の感覚が目覚めたのだと、感じました。
もちろん誰もが同じ感想を持つようなワークではありません。
わたしの現在の感受性で、現在のからだの不具合&迷子具合で
「ととのうきっかけ」をもらい、からだが「実際にととのった」ことで得た体感です。
 
「ゆっくり、横向きになってから立ち上がってください」
と指示を受け、
狭いベッドの上で雑にゴロンとなりながら立ち上がるわたし。
床に足をつき、すっと立ってみて驚きました。
そして、静寂をやぶって思わず大きな声を出してしまいました。
「わあ~気持ちいい~! からだがつながってるー!! 
迷子になっちゃっていたところも、ぜんぶつながってひとつになった!
今までどれだけ、ぎゅっとちからを入れて、こらえていたんだろう」
そう声に出したら、なんだか勝手に涙が出て泣いてしまいました。
とっても、嬉しかったんです。
からだが勝手に、ゆるんでめぐってつながったことが。
しかも、余分なちからはまったく必要なく、重力にからだを預けて、自然にラクに立っているだけなのですが、からだがひとつにつながり、すっと立っている。
それが、本当に気持ちいい。
「上半身と下半身が、ここちよくつながってる~! 嬉しい~!!」
そう言ってなぜだかまた涙が出てしまいました。
先生が
「わたしも嬉しいです」
と笑顔でおっしゃってくださって、そして
「ゆるんだのももちろんですが、魂が望んでいたことだから涙が出たのかもしれません」
というような言葉をかけてくださいました(言葉のディテールはうろ覚えです。泣いちゃっていたので)。
 
周囲の意向に振り回されてしまって、本意でない働き方を長く続けてしまったこと。また、そのような選択を何度か重ねてきていること。
なぜか、音楽などの好きなことをやってはいけないと自分に制限をかけて我慢してしまっていたこと。
親しい関係の中で、言ってはいけないと我慢してしまっていたことばたち。
執着を手放すことができたと思っていたことについても、もっともっと自分自身の正直な気持ちや正直なからだのケアを、自分自身で行ったほうがよいのではないか……などなど、さまざまな気持ちが一瞬でこころをめぐりました(読者さまにとっては抽象的な表現、文章になってしまってごめんなさい、完全にわたし個人の私的な課題についてです)。
……そして何より、それら周囲との関係性、兼ね合い、自分自身をこの世の中でどう使っていくのか、の部分で、
「自分自身を制限して苦しめていたのは、周囲のひとたちではなく、本当は自分自身なのだ」
という、本当に大きな大きな気づき。
これって、文字ではよく読むことばですよね。鏡と言って『投影』が流行って、よく目にするようになりました。当マガジンでも扱っています。
でも、その『投影』が、自分ひとりの中に統合される瞬間って、皆さん、ご記憶ありますか? 
そして、からだをととのえてこころが同時にととのって
こころとからだ、思考と感覚、それぞれバラバラになってしまっていたところから
今回、テーブルワークで『ふわり』と、自然につながったのです。
皆さん、その瞬間を感じたご経験はありますか? 
もしご経験おありの場合、その瞬間をはっきり記憶していらっしゃいますか?
わたしの場合は、今回、忘れられない体験になりました。
 
「では、歩いてみましょうか」
「歩き出す方向をまず見る。そして見るときに、頭のうしろの視覚野へ景色が入ったと感じてから、からだが歩き出す」
など、具体的なからだの使い方をいくつか言葉で教わりながら(実際にはもう少し分量多めに教わりました)、歩く練習と座る練習をし、練習後のこころとからだの状態をわたしがことばにして先生へ伝えて、第1回目のレッスンは終了しました。
 
さきほど来た道、暑い都心の長い坂をくだり、
都会の地下鉄を1回乗り換えて、地元の駅に戻ったところで、夫と合流。
「晩ごはん、なに食べる?」
など話しつつ、わたしのからだ、また驚くことがありました。
アレクサンダーテクニークのワークを受ける前、行く道では
軽々と何も感じないで肩にかついでいたLLBeanの大きな斜め掛けのトートバッグ(その日は仕事の資料と水筒が入っていて重い鞄でした)が、
帰り道では、なんだかとても重く感じて、持っていることが出来ないのです。
あれ?
もしかして、この鞄を持って出かけることって、
わたしにとっては重労働だってこと?
今まで、からだの声を無視して持ち歩いちゃっていた……?
もしかして、ずっと肩は「痛いし、これだと左右ゆがんじゃうよ」と大きな声で教えてくれていたのに、わたしの意識が無視してしまっていたのかも……
わたしのからだ、ごめんよ。
帰り道は、その重い鞄はわたしから夫に頼んで、持ってもらいました。
夫も
「お、これ重いな、何が入っているの」
と言いながら、家までずっと持ってくれました。
こんなとき、積極的に夫を頼ることができる、ということも、
わたしにとっては
「なんでも自分ひとりで頑張ることを手放す」
「以前持ってしまった余分な頑張り、いまはもう必要ない頑張りを手放す」
ということを、日ごろから意識している……ということの成果なのでした。
 


 
前回と今回のこの『からだの声をききたくて』は
わたしの「からだの声をきいた体験談」を共有させていただきました。
自分語りが多く、そして文字数も多く、お疲れになってしまったのではないでしょうか。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます♡
 
次回の内容どうしよう? いま考えている真っ最中です。
このままいくとアレクサンダーテクニークの続きかなあ。
皆さまからのお悩みについてかな?
それとも他のメソッドへの取材かな?
 
今後も、からだの声をきくことがご専門のかたがたに教えていただきながら、ワークやメソッドの内容をご紹介したり
わたしやこぐま座くんが体験してその感想をシェアしたり
皆さまと
「からだの声をきくってこういうことだね」
という共感を持てる記事を書いていきたいなと考えています。
 
ぜひ、「こういうの取り上げて欲しい」「こういうことで悩んでる」など
ご意見ご感想をいただけると嬉しいです。
 
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このWEBマガジンの連載でお応えできる内容については、編集部よりご連絡差し上げて具体的にお話をうかがいたいと考えておりますので、ぜひご返信先のアドレスなどご記載ください。
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(掲載にあたって個人情報等はわからないように記載しますのでご安心ください)
 
皆さまからのお悩みやご希望に沿うよう、この連載の構成をしていきます。
実際にお会いできるワークショップなどの機会もつくりたいなと考えています。
 
からだ本来の機能や全体性を取り戻しこころとからだを一致させ、
ここちよくめぐるからだを目覚めさせたいですね。
筆者も一緒に考え実践していきます!
もちろん、こぐま座くんも一緒に実践していきますよ。
ご連絡お待ちしております。