当こぐま座ブックスオンラインマガジンでは
おとなの女性に向けて(もちろん同じお考えや同じご興味をお持ちの男性読者さまもウエルカムですよ)、お役に立つこと、ヒントになることを少しずつお届けしています。
「生活に困ることはないし、迷っていることがあるわけではないけれど、漠然と『このままでいいのかな』とおもうことがある」
「変わりたいと思っているけれど、どう変わっていいかわからない」
「仕事の役割、家庭の役割、それらがひと段落ついた50代…これからどう生きていこうかな」
「本当のわたしって……?」
そう思うことが多くなったあなたへ、わたしたちの記事が少しでもヒントになりお役に立てたら嬉しいです。
そして今回は、読者さまからお悩みのメールを頂戴しましたので掲載させていただきます(個人情報がわからないように、少し変えています)。
こぐま座くん
「読者さまより「もやもやしています」というお悩みをいただきました。
『以前から、憧れているお仕事にチャレンジする勇気と自信がなく、
その気持ちに蓋をして、出産後も働きやすい会社、周囲が認めてくれる会社、自分でも出来そうな仕事を選んできました。
今の会社はとても働きやすく、辞めるのはもったいないと思います。
でもなんだか「この生活を続ける人生でよいのかな」という思いも大きくなってきて…
なんだかもやもや、不安、焦りがあります』
ですって。何かヒントになるような、お役にたてる記事を書けるといいなあ」
「あ、わたし12~3年前に1年間ほど、ゲシュタルト療法というメソッドのファシリテーターになる勉強のため、ワークにたくさん参加していた時期があるの。もしかしたらゲシュタルトについて記事にしたらお役にたてるかもしれない」
……ということで。
今回と次回の特集ページ「知りたい」は
「本当のわたしって?
ゲシュタルトのワーク、気づきなど」
と題して、
ゲシュタルト療法のワークや用語の解説、本当のわたしで生きるヒントなどを、読者のみなさまへ前後編の記事としてお届けします。
ゲシュタルト療法のファシリテーターであり「レジェンド」である
百武正嗣さん通称ももちゃん(百武さんとワークでご一緒したひとは皆、敬意と愛情をこめて『ももちゃん』と呼びます)にもお話しをうかがい、いろいろ教わりました。ももちゃんのお話は後編にて。
まず前半は「ゲシュタルト療法」についての基本です。
ゲシュタルト療法は、1950年代にフリッツ・パールズと妻ローラ・パールズ、ポール・グッドマンらによって創始されました。
ゲシュタルト療法という名前はゲシュタルト心理学の
「ゲシュタルト」
から名付けられ
「かたち」「全体性」「全体を形成する」
という意味のドイツ語です。
そして、「療法」と言っても現在の日本では治療法としてではなく
「自己との出会い」「自己の発見」
を求めるひとたちの間で人気のワークですので、皆さまも名前はご存じかもしれません。
各地で多くのグループワークが開催されています。
そして皆さまも、どこかでこのような言葉を耳にしたこと、ありませんか?
「過去や未来ではなく『いま、ここ』」
「『どうして』よりも『どのように』」
「わたしはわたし」
「いま、からだが何を感じているか、からだはなんと言っているか」
気づき(アウェアネス)、自己統合(心身の統合)と成長を通して
『目をつむって立ち止まっていたひとが目を開いて自分の歩幅で歩きだすようなこと』
『悟り(ミニサトリ)』
が起こるワーク、場……
って書き方、漠然としすぎていますかね?
でもいずれもゲシュタルトで聞かれる特徴的な言葉であったり
ワークのあとに感じることであったりします。
創始者のフリッツ・パールズは京都のお寺で「禅」を学んだそうで、日本人にとってしっくりくる感覚のグループワークです。
ここで
「ゲシュタルトの祈り」
というフリッツ・パールズによる有名なことば(祈り)をご紹介します。
わたしはわたしのことをする。あなたはあなたのことをする。
わたしはあなたの期待にこたえるために、この世に生きているのではない。
あなたもわたしの期待にこたえるために、この世に生きているのではない。
あなたはあなた、わたしはわたし。
もしも、わたしたちが偶然出会うことがあれば、それは素晴らしいこと。
もしも、出会うことがなくても、それはそれでしかたのないこと。
Gestalt Prayer
I do my thing. You do your thing.
I am not in this world to live up to your expectations.
And you are not in this world to live up to mine.
You are you and I am I.
If by chance we find each other, it‘s wonderful.
If not, it can’t be helped.
最後の一文はドイツ語だと
wenn nicht, dann ist auch das gut so
だそうで、それを踏まえて日本語訳がいくつかあり
最後の2行を
もしも、たまたまわたしたちが出会うことがあれば、それは素晴らしいこと。
もしも、出会うことがなくても、それも素晴らしいこと。
と訳すかたもいらっしゃいます。
筆者は
「出会っても出会わなくても、どちらでもいい」
という言い回しで一文にする表現がしっくりきます。
どちらでも、いい。
どちらも、とても、いいものなのです。
本当のわたし。
この言葉、当マガジン含め、書籍や雑誌、オンラインマガジンなどのコンテンツで、聞き飽きた、見飽きた言葉だとも言えます。
よく「自分さがし」「自己啓発」とか、「ほんと、自分を好きだよね」なんて、少しあきれた感じ、馬鹿にする感じで言われている気がする言葉。
確かに、『本当のわたし』は、さがすものではないように思いますし、自分自身に「本当」も「嘘」もないよね、とも思います。
が、しかし。試しに
本当の自分自身、と声に出して言ってみてください。
本当の自分自身。
本当の自分自身で
感じ、悟り、行動し、時には決断し、時には抗わず流され……
……自然に無理なくここちよく……
……ん? 難しいな……と感じるときも多々あるかと思います。
仕事で、パートナーとの場で、親子の場で、友人との場で、趣味の場で、両親や兄弟姉妹との場で……
本当のわたしって?
わたしたち人間ひとりひとりは、まず大前提として
この世の中に、自然の一部として生れた有機体です。
そして、人間という有機体は
「生まれてくるときは母親との共同作業でこの世に生まれてくる」
「死ぬときは必ず、自分ひとりのからだの死を受け入れて、この世からひとりで去る」
ということが共通の事実です。
この世に生きている人間が、この世の中という全体性の中に自然の一部として生を得ながらも、ひとりひとりの個体にフォーカスするとどうしようもなく抗えない「孤独」を生きています。
それは、家族がいたり仲間がいたり毎晩パートナーと抱き合って寝たり妊娠出産子育てを経験したりしたとしても、当たり前ですが皆等しくひとりひとりの「個体」です。
死ぬときは、自分自身のからだの最後を、必ずひとりで受け入れ体験します。
他のだれかが自分の代わりに体験してくれるということはありません。
そしてきっと、そこに意味は、たぶんありません。
意味があったとしても、単なる「事実」であることにはかわりがない。
それら……「個体」「孤独」「事実」を受け入れたとき
「わたしはどうしたいのか」「わたしはなにものなのか」
という問いが生まれます。
そして現在の日本において
わたしたちおとな世代、50代以降に「わたしってなんなのだろう」と考えたときに、若いころとは少し違う迷いが出てくるのは自然なのかもしれないと思うことが多くなりました(筆者は55歳の女性です)。
50代以降とは限りませんし、お若くてもそう思うかた、80代でもそう思わないかた、いろいろなかたがいらっしゃいますが、平たく言うと
「自分自身の人生、そしてその最後も見えてくるから」
です。
しかも、それらは「恐れ」ではなく「必然」「通常のこと」として、自分の視力にあった眼鏡をかけたときのように、はっきりと見えてきます。
例えば。遊園地で、閉園の22時まで残りの数時間をどうすごす?
レストランで晩ごはんを食べようか。売店でお土産を買おうか。最後の最後まで人気のジェットコースターに並んで乗ろうか。
閉園までの「いま、ここ」で、何をするのがわたしらしい? 何をするとわたし嬉しい?
……上記は例えですが、
「締め切りを知っている、有限であるからこその『いま、ここ』」
という「問い」が、50代以降の「本当のわたしって…?」ということなのかな、と実感しています。
せっかくだから、「いま、ここ」の本当のわたしで、無理せずここちよくやりたいことをやって生きたい。
それらの問いのヒントになること。こたえにつながる気づき。
ゲシュタルトのワークで、場で、もしかしたら得ることができるかもしれません。
ゲシュタルトのワークは、ファシリテーターによって様々なアプローチで行われます。
そしてそのアプローチの説明はあまり行いません。
グループで集まり、腰掛けて輪になり、その輪の中でファシリテーターと参加者の中のひとりが1対1でワークを行うことが多いです(大人数で一緒に行うワークもあります)。
その1対1を見守るほかの参加者も、真ん中でワークを受けている参加者と一緒にいろいろな感情や気づきを体験し、言葉にしてシェアします。
ここでは、ゲシュタルトのワークを知るためのキーワードを、少し解説してみます。
これらの言葉、内容を知っておくだけでも、日常生活に役立つことがありそうです。
気づきのみっつの領域
ひとは日常生活で、ものごとや人間関係、自分自身の人生観などを
「意味のある全体像」
としてとらえ続けます。
日常の生活を送るうえで自然とそれらに「気づく」こと。
「気づき」は英語で「アウェアネス」、意識を向ける、自覚するという意味もあります。
禅の修行をしなくても、ひとは自分自身にとって大切な何かを「気づく」ようにできています。
「気づき」を重ねると更に「気づき」が生まれます。その瞬間をパールズは「ミニサトリ」と呼んでいたそうです。
小さな悟り。
そしてパールズはその「気づき」をみっつの領域に分けています。
- 外部領域
五感で感じる現実の世界。自分の外側の環境。
生き物は個体の外側に意識を向け、自分にとって安心安全なのか気づき、反応や行動を起こします。が、いちどにたくさんの感覚を意識することはできず、例えばアロマオイルなどを嗅覚で感じているとき自然と目をつむって視覚を遮ったりしてしまいます。
- 内部領域
からだで起きているすべてのこと。ゲシュタルトのワークでは、「からだ」と言ったときに、こころとからだを区別しません。こころ、感情、気持ち、呼吸や心拍など生理的な反応や肉体的な感覚などを含めたすべて。
こころが不安や恐れを感じていれば、呼吸が浅くなりからだは緊張し、かたくなります。逆に、肩にちからが入っていることに気づき、こころの不安や恐れに気づくこともあるでしょう。
からだに意識を向けることはこころに意識を向けること。こころに意識を向けることはからだに意識を向けることなのです。
- 中間領域
思考プロセス。人間の脳は発達していて、とても賢く社会から知識を学び蓄え、考え分析し善悪の判断をし、過去を思ったり未来を想像したりすることが可能です。
しかし、思考の領域に意識を向けすぎていると、現実の世界やからだの感覚やこころの状態に意識が向かなくなってしまい、他人から得た情報や知識をもとにした「他人の価値観」を生きることになってしまいます。
意識はひとつの領域にしか向けることができないので、日常ではすばやく切り替わっています。
あえて自分がいまどの領域に意識を向けているのかに気づくことで「ミニサトリ」に近づくことができます。
未完了な問題
パールズはフロイトの時代に精神分析医であった人物です。それまでの心理療法はクライアントの過去に問題があると考えられていました。
しかし、ゲシュタルト療法では「いま、ここ」を中心に「ワーク」というアプローチを行います。
過去にあった出来事が問題なのではなく
「過去にあった出来事を『いま、ここ』にずっと持ち続けていることが本当の問題なのだ」
と気づき、それを「未完了の問題」と呼びました。
そうです、未完了の問題とその問題が起こったときに感じた感情は、蓋をして握りしめてしまうと、時間も空間をも超えて、こころとからだにとどまり続けてしまうのです。
蓋をして握りしめている感情は、握りしめている本人も握っていること自体に気付かないことも多いですし、
なんらかのふとしたトリガーによって、蓋をしていた感情だけが浮かび上がり、さまざまな場面での決断や行動に影響してしまうことがあります。
ゲシュタルトのワークでは、その「未完了な感情」を「いま、ここ」で完了するというアプローチをしていきます。
抱え込んで持ち続けてしまっていた感情は、安心安全な場所で、きちんと感じて表現してあげれば解放できます。
駆け足でここまでご説明してきました。
ゲシュタルト療法のワークは、
現代に生き「~しなければならない」「~するべき」にとらわれながらも真面目に責任を果たし頑張って生きてきたわたしたちおとな世代が、
その責任から卒業できる状況になったとき
更年期など、からだの不調を感じたとき
ふと残りの時間をおもうとき
「本当は、わたし何をしたいのだろう」「本当のわたしって……?」
と、立ち止まったとき
自分自身を発見し、自分自身とつながり直し、自分自身を統合するひとつの方法です。
もちろん、本当の悟りはワークの中ではなく日常の生活や人生の中でやってきますが、自分を見つめ直し発見し統合する手段としての「ワーク」。
ももちゃんは「実験の場」ともおっしゃっていました。
後半は、ワークについて、そしてももちゃんにうかがったお話をまじえてお届けします。
7月9日公開予定です。
この記事は下記により執筆いたしました。
・筆者が12~3年ほど前に、勉強のため参加していたゲシュタルトのクラス及びその中で行われたワークの記憶
・百武正嗣さんへ今回取材させていただきうかがったお話
・百武正嗣さんより「下記新刊を参考にし記事を書くことについての許可」をいただきました
本当の自分に〈気づく〉心理学
超個人的アイデンティティ
百武 正嗣 著
藤田 一照 対談
2026年02月16日発売
ISBN 9784393360729 C 0011
株式会社 春秋社
https://www.shunjusha.co.jp/book/b10154119.html