特集コーナー
「知りたい」

 

4回目
 
本当のわたしって?
ゲシュタルトのワーク、気づきなど 後編
 
取材、文: トミジュン
イラスト: naco
 
HOME | 知りたい | 本当のわたしって?後編

当こぐま座ブックスオンラインマガジンでは
おとなの女性に向けて(もちろん同じお考えや同じご興味をお持ちの男性読者さまもウエルカムですよ)、お役に立つこと、ヒントになることを少しずつお届けしています。
「生活に困ることはないし、迷っていることがあるわけではないけれど、漠然と『このままでいいのかな』とおもうことがある」
「変わりたいと思っているけれど、どう変わっていいかわからない」
「仕事の役割、家庭の役割、それらがひと段落ついた50代…これからどう生きていこうかな」
「本当のわたしって……?」
そう思うことが多くなったあなたへ、わたしたちの記事が少しでもヒントになりお役に立てたら嬉しいです。
 
前編は、読者さまより頂戴した「もやもやしています」というお悩みのメールをきっかけに、「ゲシュタルト療法のワーク」についてお届けしました。
ぜひお時間あるときに、ご一読いただけますと幸いです。
後編は、ゲシュタルトのワークを行う際の「ファシリテーター」として『レジェンド』と呼ばれている百武正嗣さんへのインタビューを交えながら、前編の続きでワークや用語の解説、本当のわたしで生きるヒントなどをお届けします。
 

こぐま座くんとワーク

 
 
 
百武正嗣さん。ワークでご一緒したかたは皆、愛情と尊敬をこめて「ももちゃん」と呼びます。
ここでもあえて、ももちゃんと記載させていただきますね。
 

編集部

「お忙しい中、本当にご多忙の中お時間頂戴しありがとうございます。
ダメ元でレジェンドに取材を申し込んでしまいました(笑)」
 

ももちゃん

「ふふ」
 

編集部

「よろしくお願いいたします」
 

ももちゃん

「ん。よろしく」
 

編集部

「ももちゃんは大学ご卒業後、単身渡米なさったそうですね」
 

ももちゃん

「社会心理学に興味があってたくさん本を読んでいたんだけれど、面白いと思ったのはみんなアメリカだった。
実際に渡米してカリフォルニアの小さな町に住んでみて、アメリカはいろいろな立場のいろいろな人がいてみんな違う。
そこで生きるということは、自分自身でいること、そしてそれを言葉や行動で表現することが大切とされる。日本にいて独特な狭い世界で空気を読んで生きるのとはまったく違った。
できればずっとアメリカに住みたかったけど、言語の壁があってアメリカに住み続けるには日本企業で働くしかなくって、35歳で帰国して。
帰国後1~2年「財団法人予防医学学会」ってところで編集の仕事をやってたの。酒飲んでても文が書ければOKな働き方をしてた」
 

編集部

「ゲシュタルトに出会ったのはアメリカに住んでいた時ですか?」
 

ももちゃん

「アメリカでもさまざまなワークを受けたけど講師によって全然違うから、アメリカでうけたときはそれほどでもなかったんだよ。
帰国後40歳(1985年)のころ、日本でポーラ・バトム博士とご一緒したワークで『出会った』んだ。
ポーラは当時中国へ行こうとしていたんだけれど、ちょうど天安門事件で日本に足止めされていて。それでワークを受ける機会があって。
これは『知っている』と思った。『これ、やろう!』と、すぐ決めた」
 

編集部

「そうなんですね! パールズ夫妻から習ったのかと勘違いしていました。
なるほど。『知っている』」
 

ももちゃん

「そう。『知っている』と思った。
ポーラも元は文学のひとで、1965年当時『面白いひとがいる』ってんでエサレンへ行ってフリッツ・パールズとその妻ローラに出会って、彼らから直接ゲシュタルト療法を学んだひと。」
 


 
『ポーラ・バトム博士との出会い、そしてゲシュタルトのワークとの出会い』
から今日まで40年間。
「知っている」と感じ、すぐ「やろう!」と決めたゲシュタルト療法のワーク、ファシリテーションは
「ずーっと楽しかった!」「面白かった!」
と語ってくださったももちゃん。
とても充実して楽しい日々だったそうです。
それにはふたつ理由があるとのこと。
 


 

ももちゃん

「ひとつめの理由は、日本各地でワークをしたこと。
ほとんどの県へ呼ばれて行ったよ。温泉につかったり、ワークのあと美味しいごはんと美味しいお酒。知らないところへ行くこと自体、とても楽しかった。
ふたつめの理由は
『自分のゲシュタルトを作る』
と決めて追求したこと」
 


 
ゲシュタルトのワークはファシリテーターによってさまざまなスタイルがあり、それぞれ独自のカラーがあります。
ももちゃんのワークは、ことばを重要視せず、からだ、そのひと全体をみていくスタイル。
 


 

ももちゃん

「ワークで話を聞いても、あまり受け取らないの。
自分で自分のことを話すときは自分に都合のいいストーリーだったりして、それは事実なのかもしれないけど『編集』が入っている『物語』だから。
『ことば』と『からだ』が一致しているか、『思考』ではなく『感覚』で受け取る。
一致していないときはことばで何を言っても、やっぱりわかる」
 

編集部

「ノンバーバルですね」
 

ももちゃん

「そう。ノンバーバル」
 
 


 
ももちゃんインタビューの続きは、この記事の後半で。
 
その前に、前編でも試みましたが、ゲシュタルト療法のワークや言葉についてなどを少し解説してみます。
前提として、現在日本で行われているゲシュタルト療法のワークは、「療法」と名前がついてはいますが、病理面を扱うというよりは「有機体としての人間」が「自己発見」し「成長」することに重きを置いています。
知っていると、きっと日常生活でも役に立つと思いますよ。
 
 

「なぜ」よりも「どのように」

ゲシュタルト療法では悩みに対し「なぜ」という原因を追究しません。
その問題で困っている本人に原因を問わず
「どのように」
「何が起きているのか」
を問いかけていきます。
 

コンタクト・バウンダリ5つの障害

どのように、何が起きているのか
をみていくと、なぜその悩みがここで膠着し止まったまま混乱しているのか「状態」がわかってきます。
その「状態」は5つほどあるとされ、それらを「コンタクト・バウンダリの障害」と呼びます。
コンタクトは接触。バウンダリは境界線。
人間どうしが接触すると相手の境界線に触れるのです。
それが友好的な交流であってもそうでなくても、境界線を越えてお互いの感情に触れる、特に未完了の感情に触れる、社会において身につけているそれぞれ異なる感覚やふるまいで触れるなど。それらのことで起こる障害、コンタクト・バウンダリの障害が絡み合った状態が「こころの悩み」と言えます。
5つの状態をざっとご説明します。
この言葉や概念も、知っておくだけで実際の社会で生きる際に役に立つかもしれません。
 

①投影

自分の気持ちや感情、欲望を認めずに、相手に反映させて見てしまう状態。
心理学の用語として有名なので、皆さんもご存じなのでは?
例えば
「あの上司は常に怒りっぽくていやだ!」
と思い悩むときに、実は常に怒りっぽいのは自分自身であったりします。
「いつも怒っているなんて思われたくない」
と自分自身の怒りを否定し、無意識に怒りの感情を抑え込んで冷静なふるまいをこころがけているため、本人は気付かないことが多いです。
相手が自分を嫌っているんだ……と思い悩むとき、実は自分が相手を嫌っている……そういう状態をさします
また、自分が持っている「未完了の感情」を投影してしまうこともあります。
「子供のころ実の父が自分を認めてくれなかったことへの怒り」
が、父親に似ている上司へ投影されている……という具合です。
無意識に行われるので、自分自身で気づくことは難しいです。
 

②鵜呑み

知識や情報、価値観などをそのまま鵜呑みにしていること。
育った家庭の価値観や所属する社会の規範、文化の知識、受けた教育など、それらの価値観を鵜呑みにしている状態です。
もちろん誰もが社会の規範、家庭での教えをもとに社会性を持って生きています。ここで言う鵜呑みは「他人軸」なんて表現される状態と言えばなんとなく想像がつきますでしょうか。
たとえば……本当は絵を描くことが大好きな娘が、母親の「芸術なんて無駄よ。医者がいいわよ」という価値観を鵜呑みにし、無意識にその価値観に沿うような生きかたをしてしまうようなこと。
発言ではなく、表情や機嫌など無言のメッセージを受け取って鵜呑みにし、他人の価値観を生きてしまうこともあります。
もしも、無批判に鵜呑みにした、自分以外のひとの人生観や価値観、社会の規範などがつらい場合は、気付いて手放し自分自身の価値観を選び直す必要があると言えそうですね。
 

③反転行為

「怒り」は相手が攻撃してきた際、大切な自分を守るために「反撃するエネルギー」です。
そのエネルギーが反転して自分へ向かう状態をさします。
怒りを適切に表現できればよいのですが、または少なくとも自分自身がそのエネルギーを無視せず大切に感じ扱えることができればよいのですが、無理に抑え込んでしまうと、からだの内側にとどまり続けてしまいます。
からだの内側にとどまり続けてたまった「反撃するためのエネルギー」は出口を失い、
「自分自身を攻撃すること」
があります。本当は相手へ向けた怒り、反撃のはずなのに反転し自分自身へ向かう。
リストカットもそうですし、「あ~俺ってダメなやつ!」と、毎晩自分を責める癖もそうかもしれません。
また、怒りのエネルギーはとても強いものなので、我慢して抑え込み蓋をし「無かったこと」として平静を装いふるまうためには、相当なエネルギーを使い消耗します。抑え込むことが癖になっていると毎日余分にエネルギーを消耗し続け「疲れやすい」「自信がない」「めんどうくさい」という状態になってしまうのです。
 

④無境界

自分と他人との間に「境界線」は必要ですが、その境界線が無い状態を指します。
わたしの感情と相手の感情、わたしの価値観と相手の価値観……それらに境界が無いという状態。
もともと日本語は主語が無くても成立することも多く、『誰の価値観なのか』が曖昧な状況も多々あり、一体感を感じる状況すべてがよくないというわけではありません。
自分と他人の区別がつかない状態。すぐに思い浮かぶのは、共依存関係の親子、夫婦、恋人どうしなどで起こる状態でしょうか。一定の集団でも起こることが多そうです。
お互いを手放すことができず、同質であることを求め、お互いを侵食するので苦しい関係になります。
「嫌いだけれどひとりは寂しいから離れることができない」「相手がやりたいことなのか自分がやりたいことなのかわからない」など。
こういう状態が日常になっていると、ひとりでその関係に境界線をひくことは難しくなってしまいます。
ゲシュタルトではワークという安心安全な場所で、境界線を引くことを試みます。
 

⑤話題転換

核心から逃げ話題をそらしてしまうことを指します。
自分の触れたくないテーマに近づくと、本人が無意識にこの行為を繰り返してしまうのです。
本心からの本当のコンタクトを避け、からだはそこに存在するけれど意識はそこから逃げ、対等で誠実な交流が遮られてしまう。また「相手が悪い」「周囲が悪い」と逃げ続け核心に触れないようにし、かえって問題やトラブルを握り続け、苦しくなってしまうことにつながることもあります。
でも、これは筆者個人の考えですが、例えばセカンドレイプになってしまいそうな話題など、話し始めることが難しく感じるときは意識して逃げても、もちろん構いません。
また、自分自身の問題を直視できず無意識に逃げているような場合も、向き合う準備が整い核心に触れることができるようになると、その問題を解決できる方向へ向かうことができるようになると言えます。安心安全な場で、自分のペースで向き合うことが大切ですね。
 


 
ここで実際のワークについても少し触れたいと思います。
有名なのは

「エンプティチェア」

ご存じの方も多いかもしれません。
自分が座っている椅子の周囲に空の椅子を置き、その場にいない人物との対話をするワークです。
 

エンプティチェア
 

空の椅子を置く場所はファシリテーターから問いかけられることが多く
「亡くなったお父さんの椅子を置いてみて」
「ここにいない旦那さんの椅子はどこに置くのがしっくりくる?」
そう問われ、誰もすわっていない椅子を置き、対話していきます。
空の椅子に言葉を投げかけ、今度はその空の椅子へ自分が移動し着席、先ほどのことばを受け取ります。
そうすると、いまここにはいない相手の気持ちとことばが、自分自身のくちから勝手に出てくるのです。
・自分自身の、普段は見たくない問題、隠している気持ちやことば
・相手の気持ちやことば
・その2人を見ているとも言える俯瞰的な視点
その3つについて実際の椅子を移動し行き来し言葉にし、時には椅子の間に境界線を引いたりしながら、核心をじっくり感じていくうちに気づきや解放へとつながっていきます。
 
エンプティチェア以外にも「夢のワーク」など多様なワークがあり、そしてワークの進め方もファシリテーターによって本当にさまざま、参加した各自が感じた気持ちや気づきを得て進みます。感想をシェアしたい人はシェアしますが、感想をシェアすることも強制ではないので、発言したくなければ黙ってその場で自分の感情を感じていればよいのです。
 


 
さて、インタビュー後半です。
ももちゃんが40年間ずーっと楽しかった理由のふたつめ
「自分のゲシュタルトを作る」
についての続きです。
ひとつの特徴として
ももちゃんは、ヨガやフェルデンクライスメソッドにも精通しているかたで、今回のインタビューでもはっきり
「からだを重視」
するということをおっしゃっていました。
ワークで
「その肩の痛みになってみて」
「その肩はどう思ってるの?」
など、からだへ具体的に問いかけることも多いです。
本人が話す「物語」はあまり重要視せず
『ことば』と『からだ』が一致しているか、ことばで何を言っていても、『ことば』と『からだ』が不一致のときには、やっぱり『違う』と伝わる。
心身一如で本当のコンタクト、ノンバーバルで思考と言葉に頼らず、感覚で受け取る。
日常の生活の場では無意識に行われ続けるコミュニケーションを、あえて意識し凝縮し抽出したようなワーク、場。
 


 

編集部

「わたし自身は、ゲシュタルトのワークの場で起こる『気づき』『悟り』ではなく、現実の生活の中で気づき成長したいと思い、ワークに参加するのは1年でやめてしまいました。
ももちゃんも『本当の気づきはワークではなく生活の中にある』というお考えかと思いますが、でも『40年間ワークを続けてきた』ということについて、お聞かせください」
 

ももちゃん

「ワークは特定の場、『実験の場』なんだよ。
もちろん、ワークで得た気づきを日常の生活でどう活かしていくかが大切なんだけれど
ほかの何かに邪魔されずに感情のみを扱える、感情だけに集中することができる場。
実験の場なんだ」
 


 
実験の場。
安心安全な場で感情だけを扱って自己発見し成長できる場。
いまここで、自分自身でいることをからだで感じる場所。
そしてそこで得た気づきを日常に持ち帰って活かし、また生きてゆく。
 
そしてこうおっしゃっていたのが印象的でした。
 


 

ももちゃん

「真理を知って生きるのではなく、生きていることをどう体験するか、どう体験したか、そこから真理がうまれる」
 


 
……僭越ながら、筆者も同感です。
子どものころより長年追い求めて知りたいと思っていた『この世の真理』。
何十年も追い求めていると、実はそれは不要なのだ、追い求めるものではないのだ、というところまでたどり着く。
『生きる』ということを体験すること自体に真理がある。
すべてのひとの人生の『いまここ』に、探さずとも、真理があるのです。
 


 

 
 

編集部

「ももちゃんは、40年間続けてきて今もなお毎日各地を飛び回り、とても忙しく行動していらっしゃいますよね。わたしがその立場だったら『少し休もうかな』なんて思ってしまいそうです。今後のこともうかがってよいですか?」
 

ももちゃん

「そうなんだよ(笑顔)!
とても忙しくし続けてきて、『ちょっとがっつき過ぎかな?』と最近自分でも思って、少しペースを落とそう、ひと呼吸おこうかと思ってたところだったの。
『何にがっついていたのかな』って考えたのよ。
 
40年間続けてきた理由のふたつめで言った『自分のゲシュタルトをつくる』ってのは、あるていど自分のスタイルが出来た。
でも、もう少し学び続けたい。
自己の探求ではなくて「世の中」について、まだまだ知らないことがいっぱいあるから、それらを知りたい!
世界には独特の面白い考えのひと、独特の視点をもつひとたちが、まだまだたくさんいるから、もっと出会って知りたい。
少しスローペースにはするつもりだけど、『ここでいいか』って止まる気持ちにはならないんだよ。
 
コロナ禍のときに途切れていたんだけれど、今年は呼んでもらってギリシャへ行くし、初めてポーランドへも行く(注:取材当時は出発前でした)。もともとノンバーバルだから通訳を通しても、ちゃんとハマるんだ。
60代まではからだが動かないとか一切なかったけど、80代になって痛いとこもあるよ。
でも大事をとったりせず、動いたほうがいいんだ」
 
 


 
まるで子どもの冒険心のような「わくわく」を感じるお話でインタビューを終えました。
実はももちゃん自身のご家族についてだとかもいろいろお話をうかがえたのですが、これ以上書くと大きな字数になってしまうので、また別の機会に違う切り口で続編を公開させていただきますね。
 
読者さまよりいただいた
「なんだかもやもやします」「本当は、わたし何をしたいのだろう」「本当のわたしって……?」
というメールをきっかけとし、前編後編通してここまで書いてきました。
ゲシュタルト療法のワークは、
自分自身を発見し、自分自身とつながり直し、自分自身を統合するひとつの方法です。
……なあんて、言語を使用し長々と書いてきましたが、筆者の『ことば』は、『ことば』にした時点で、思考優位、言語優位で『遅い』『回り道』かもしれませんね。
ご自身のからだに聞くのが、そしてご自身の人生を日々体験してゆくことが、きっと近道ですね。
 
 
ここまで、長文にお付き合いいただきましてありがとうございました。
ご興味を持たれたかたは、実際のワークを体験してみてください。
この記事はだいぶ駆け足のご説明ですし、ももちゃんの新刊についても最初の部分のみご紹介させていただいています。
もっと先、もっと深いところまで詳しく知りたいかたは、ももちゃんの新刊をお読みになることをおすすめします。
読後感なども、ぜひお聞かせくださいね。
 
 


 
この記事は下記により執筆いたしました。
筆者が以前勉強のため参加していたゲシュタルトのクラスでの記憶、そして日々生きる中で得たことなど
百武正嗣さんへ今回取材させていただきうかがったお話
百武正嗣さんより「下記新刊を参考にし本記事を書くことについての許可」をいただきました
 
本当の自分に〈気づく〉心理学
超個人的アイデンティティ
百武 正嗣 著
藤田 一照 対談
2026年02月16日発売
ISBN       9784393360729  C 0011
株式会社 春秋社
https://www.shunjusha.co.jp/book/b10154119.html